見栄と本音のインターネット

何のために生きるのなんて、馬鹿なこと聞かないでプリーズ。って、

シャワーを浴びながらB’zの曲をランダムに流してたら、DIVEって曲の歌詞にそうあった。

 

たしかに考えはじめるとキリがないし野暮なことだけど、それでも本当にたまに考えたりしちゃうことのひとつ。

それでいて、答えのない問いだとも思う。

 

何年ぶりかにそれを考えた今日の答えとしては、やっぱり意味なんか特になかった。

ないから、ただ楽しく生きていければいいんじゃないのって思った。

せっかく生きてるんだから、だったら楽しい方がいいのは当たり前。

 

じゃあ自分にとって楽しいことって何だろうって考える。

色々あるけど、こうやって考えたことを文章にしたりするのも楽しいから好き。

何かを考えるのも好きかもしれない。ただ意識してないだけで、自分が楽しいと思ってることって、たくさんあるかもしれない。

 

好きなことをとか、楽しいことをやって生きていこうとか、まず純粋な自分の欲望だけに、ただ従って生きていけるようになりたい。

もともと、人の目を気にしがちな自分が今の時代に生まれて、SNSなんかがある時代に生まれて。

 

家にいてひとりの時間でも、それらを開けば誰かしらがそこにいる。

そういう意味では、本当に1人の時間なんかないんだと思う。

 

そこまでわかってても見ちゃうのは、人生において寂しいと思う瞬間が人よりずっと少ないと思ってる自分でも、実はそう思うタイミングがあるからだと思う。

人間は共感の生き物なんだなって、誰もが持ってる本能としてそれがあるんだなって思う。

 

自分がこうやって何かを書くのが好きなのも、こうやって文章を通じて知らない誰かとでもいいから、ただ何かを共感できたらいいなと思ってるからなのかもしれない。

 

でも、かもしれないと思うのは、SNSとかインターネットに慣れすぎて、自分の素直な感覚と感情が少しわからなくなってきたから。

ただでさえ人の目を気にしやすい自分が、SNSなんかがある時代に生まれたら、そりゃあもう四六時中人の目を気にする生活をするからだ。

 

この曲、すごく格好いいなと思ったとする。

それを誰かに共有したいって気持ちになる。そういうときって思わず、誰かに自分の感想を言いたくなったりする。

 

それならLINEで、仲のいい友達に直接言ってもいいかもしれない。

ただ、その曲を好きそうな友達じゃないなら、送っても相手はきっと困惑するだけだろうと思う。

 

いろんな音楽が好きだけど、音楽の趣味が合うって理由だけで人と仲良くなったことはない。そういうのは、あくまできっかけのひとつに過ぎないから。

音楽に限らないだろうけど、人と仲良くなれる理由なんかそれぞれで、明確に何かがあるって訳でもないとは思う。

 

話を戻すと、この曲を好きだろう、って友達は何人かいる。

でも、その友達にわざわざ、自分がそれを聞いて興奮したこと、その感動を分かち合いたくてわざわざ連絡をできるほど、親しい仲じゃない場合なら、いきなりそんなことを送ったりはしない。

 

でも言いたい。とか、そういう気持ちになったときに、どうしようもなくてSNSに載っけたりしたくなってる。

それが自分の素直な気持ち。ただ、共有をしたい。見ては欲しいのかもしれないけど、特別反応は要らない。

 

コメントとか、そういうのは要らない。

それはちょっと面倒臭いな、とか思ったりするのは、ただ自分の意見をどこかで言いたいだけだからなのかもしれない。

 

とはいえ、例えInstagramのストーリーにそれを載せたとしたら、誰がそれを見てるのかは気になって、自分の投稿を何度か見返したりする。

けっこう面倒な心情だと思う。これって何なんだろうとも思うし、自分だけなのかなとも思ったりする。

 

自分が好きで聞いてる音楽を、俺はこういうのが好きで聞いてるぜ、みたいな感じで共有したくなる。

ただ、別にそこに対して意見が欲しかったり、ましてやそれを見た人に聞いて欲しかったり、それで会話がしたかったり仲良くなりたい訳では全然ない。

 

最近になってちょっとわかってきたけど、思わず無意識にも共有をしたくなる瞬間と、これ聞いてる俺、格好いいだろ的なことをやりたいとき。

SNSを使うのには大きく分けてこの2パターンがあると思った。

 

それは人の投稿を見てても思うことがあるから、きっと自分だけじゃないんだろうなとも思った。

自慢したい。承認欲求ってものがある限り、それはごく自然なことなんだと思う。

 

みんな持ってるものだから、その自慢したいって自意識とかダサいとこまで含めて認められる自分でSNSを使えたらいい。

人の投稿を見るにしてもそうだ。

 

でも、そのどっちのパターンでSNSに載せるにしても「俺イケてるだろ」的なニュアンスが自分に絶対ちょっとは混じるから、それがどうしても、ちょっと気持ち悪い。

もはやSNSのアカウントなんか持ってる時点で誰にとっても自然なことなんだろうけど、なんだかなって自分に思うのがまた。

 

なんか、「俺イケてるだろ」って投稿してる自分のそれが人にとっては大したことがなかったりとか。

ましてや、能ある鷹は爪を隠すじゃないけど、本当に音楽をいっぱい聞いてる人なんかは、そんなのわざわざSNSに載っけたりしなさそうだったりする。

 

どうしても気になっちゃうならSNSなんかやらなきゃいい話だけど。

ただ、自分の場合はこうやって文章を書くのが好きだったりする。

SNSって拡散ツールでもあると思うから、書いたものをシェアするには必須のツールだから、そういう意味でもアカウントは持っておきたかったりする。

 

これも自分でどう思うのかがはっきりしてないけど、たぶん、書いた記事が誰にも読まれなかったら続いてないのかもしれない。

最近はブログのアクセス数とか全然気にしてないけど、反応がゼロだったりすると、それはそれで続かないのかもしれない。

やっぱり数字としてある程度は反応が欲しかったりするのかもしれない。

 

正直、近くの人に読まれるのは恥ずかしいような、本当に思ったことを書くことが多いから、結局のところSNSに載せるのは恥ずかしかったりするけど。

それでも、少なくともSNSをフォローしてくれてる誰かには読んで欲しいって思ってるのかもしれない。

 

やかましいなと思う。でも書くのが好きだから仕方ないのかなとも思う。

本当は周りに誰もいない方が、自分の本当に思うことを人目を気にせずには書けた。

 

一時期、ほぼ引きこもってそういう生活をしてたこともあったけど、それはけっこう寂しかった。

仕事終わりの友達を部屋に呼んではお酒を飲んで朝まで喋ったりとか、そういうのがないとさすがに寂しすぎて、孤独すぎてわりと生きていけなかったと思う。

 

自分の思ってることを人になかなか言えない自分が誰かと、社会とコミュニケーションを取るためのツールなのかもしれないと思った、文章とかブログって。

身近な人に言えないことをブログに書く、みたいなのは気持ち悪いし、そういうことじゃないけども。

 

どうにかして心を開いた、本当の自分を殺したくなくて、逃げ場としてみたいな。

そういう意味合いが、ブログとか文章を書くことにはあるのかもしれない。

って、ぼーっと書いてるうちにそういう気付きがあるのも、ブログのいいところだし面白いところだとも思う。

 

とか色々書いてきたけど、ブログを書くにしても、SNSを使うにしても、人の目をあまり気にしすぎる自分からは脱却したいなと思った。

そうじゃないと、「俺イケてるだろ」状態で書いたSNSの投稿とか、そういう記事って、他人からしたら正直、めちゃくちゃにつまんないだろうと思うからだ。

 

そういう、人目を気にした内容を書かない、今日のこれみたいな内容だと、かなりパーソナルな内容になる。

こんなことを書いたところで、赤の他人が興味を持って読むことなんかほとんどないと思う。

別に有名人でもない奴の意見なんて、知ったっこっちゃないし、自分だって他の人のこういう記事には、全く同じことを思う。

 

それでも書くのが好きなのはもはや仕方のないことなのかもしれない。

もしくは、こうやって書いたことを多くの人に読んでもらうための工夫をするべきなのかもしれないとも思う。

 

やり方を考えなくちゃいけないのかなとか思ったりもする。これじゃ、どっかの誰か知らん、どうでもいいやつの日記だからな。

ただのエゴというか、格好よく言えば表現欲求みたいな、そういうものなんだと思う。

 

音楽なら、こういう内容の歌詞だとしても、楽曲っていうフックがある限りは耳にしてもらえるきっかけがあるから、やっぱりいいなと思う。

プラットフォームも、今ならサブスクがあったりする。対バンって形でライブもあったりするし、人に聞いもらえる機会もあるから、やっぱり音楽っていいなと思う。

作れる人もすごいと思う。

 

文章しか書けない自分だけど、誰かに興味を持ってもらいたくて、みたいな記事なんか正直書けない。

人のために、みたいなことはきっとできないと思うから、結局は自分がただ、思ってることを吐き出す方法として、文章があるだけなのかもしれない。

 

これがブログって形じゃなくて、ただノートに日記を書くだけじゃきっと続いてないから、わざわざネットに公開してるんだろう。

あわよくば、やっぱり気持ちを共有とか、共感とかしてみたいから。

というか、ただただ日記を書くだけのアプリで書いてみたけど、やっぱり全然続かなかったから、そういうことなんだろうと思う。

 

まあなんというか、ブログを書くにしてもSNSを使うにしても、いつでも自分が本当に思ったことだけを残しておきたいと思った。

感動の記録というか、心が動いてそれを書かずにはいられなくなったときとか、そういうときの心境を、共有するための方法として使っていきたい。

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岩橋康太 / タワー

岩橋康太 / タワー

就職浪人からファッションブロガーに華麗なる転身を果たすも、Youtube、instagram等の新しいSNSの流れに乗り切れずジリ貧に。
2020年再起をかけて、代官山のセレクトショップ SAMVAスタッフ、ファッションブランド STOF営業見習い、ファッションブロガーの三足のわらじを履き直した26才。よろしくどうぞ。
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