置く以外、まるで用途のないモノを部屋に置いてみると

初めてオブジェを買ってみました。

働いてるお店の2階で写真家の方が期間限定で個展を開いてて、そこで写真と一緒に販売されていたオブジェ。

 

それ自体を気に入ったのが一番の理由だけど、ある日片付けた部屋を見回してみたら、思ってたより真っ白であまりにも殺風景だなと思いました。

そう思ったのをきっかけに、部屋に絵を飾るなり、ちょっとした古道具をいくつか置くなりしたいなって。

 

部屋には当然、いくらか物がある訳ですが、その全部が用途を持っています。

どうも昔から変な意識の高さというか、真面目な部分もあるせいで、思えば僕はとても無駄を嫌う生き方をしてきました。

 

世の中にあるほとんどのモノは無駄。コト (経験)も、いつかは皆が同じように死ぬんだから、やってもやらなくても同じ、つまり無駄。

そうやって考えて、できるだけの時間を寝ることに全振りしながら生きてきました。

 

今でもコト、経験に関してはその考えが抜けきってない部分もありますが、いつかは真逆の考え方をできるようになりたいと思っています。

せっかく生きてるんだから、やりたいと思うことは、それが例え恥ずかしいと思うことでもやった方がいい。

 

恥ずかしいからとか、そういうことを理由にして諦めてたら、ありきたりな言葉ですが死ぬときに後悔するのかな、とか思ったからです。

 

いつからかそう思い始めたことを理由に、今年は無駄をいっぱい楽しむ年にすると決めていました。

今まで無駄だと思ってきたモノやコトにいっぱい触れてみる、そういう生き方にしていくための最初の1年として今年を過ごすこと。

 

オブジェって翻訳すると「物体」みたいで、何ともシンプルかつストレートに、存在する以外に意味のないものです。

ちゃんと用途のある物しかなかった部屋、自分の生活に、飾ることしか用途のないオブジェを置いてみること。

 

初めて自分の部屋に物体としての無駄が存在することで、全ての物事に意味を持たせなきゃいけないと思っていた自分の肩の荷が少し降りた気がしています。

圧倒的に無駄でしかないものだけど、それでもちゃんと存在してるし、それを作ってる人もどこかにいる。

 

生きていく上で全ての物事に意味がある必要はなく、無駄なモノやコトにも触れることで息抜きができるというか、安らぎを得れるんだな、なんて思いました。

もっとも、そういうことを思わせてくれる時点でそれも、本当の意味では無駄じゃなかった訳ですが。

 

Amazonプライムで相席食堂を見るにしても、「これを見るのは人と話をするとき、こういう風に話せば面白いんだな」ってことを学ぶため、みたいに、娯楽ひとつ取っても意味を探してくっつけがち。

そう考えるのもいいことかもしれないけど、時々無駄なことをするのが、大した結果も出せないくせに完璧主義な自分のガチガチに力が入った肩の荷を下ろしてくれるのでしょう。

 

今までは洋服みたいに、人からも分かりやすく見える部分にばっかりこだわりを持っていたけど、誰にも見えない部分というか、人に主張するようなものでもない、部屋の中に置いたり飾ったりする何かにこだわりを持ってみるのもいいなと思いました。

 

僕の友達には音楽が好きで、好きな音楽をいい音質で聞くためにオーディオ環境にこだわっている奴がいるんですが、そういう人からは見えない部分に思いっきりお金をかけてる人。

そういう人って、見栄を張るために洋服を買ったりする人よりよっぽど信頼できるなとも思ってます。

 

人目を気にしてばっかり生きてきた僕が洋服を好きなのは、少なからずそれが作用して服を買ってきたのもあると思います。

でも、こうやってオブジェだったりにお金を使えるようになったのは、今までより少しでも人目を気にせず生きれるようになったことの証拠なのかなと思うと、いいことですね。

 

少しずつ古道具にも興味を持ってきていて、この殺風景な部屋にもう少し彩りと無駄を添えたいなと思ってます。

面白い古道具屋さんがあったりしたら、ぜひ教えて欲しいです。

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岩橋康太 aka タワー

岩橋康太 aka タワー

就職浪人からファッションブロガーに華麗なる転身を果たすも、Youtube、instagram等の新しいSNSの流れに乗り切れずジリ貧に。
2020年再起をかけて、代官山のセレクトショップ SAMVAスタッフ、ファッションブランド STOF営業見習い、ファッションブロガーの三足のわらじを履き直した25才。よろしくどうぞ。
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