完璧主義をやめる。ハードルを下げないと、結局何も始めない

普通に生きていても、その時々で意識している、自分のちょっとしたテーマみたいなものがあります。

皆さんにもそういうの、あるかもしれません。

 

僕にもいつも、複数同時にあったりするのですが、最近特に思っているのは、完璧主義をやめること。

周りから見たらきっと、全然完璧主義じゃないかもしれないのですが、自分で自分を振り返ってみる分には、そう思う部分があります。

 

例えば、いつでも頭の中にやってみたいことが複数あります。

でも何でそれを実行に移さないのかといえば、ひとつは面倒臭いと思っているから後回しにしちゃう、って理由もあります。

 

ただもうひとつは、そのやりたいことをきっちり最後までやり抜き通すため、予め準備が必要だと思っているということです。

 

例えば僕はいつも、頭の片隅では「今日は帰ったらブログを書こう」って思ってたりします。

ただ、それをできないまま1週間、気付けば1ヶ月だって過ぎていることがあるのは、完璧主義すぎるから。

 

これを書くって決めて、写真を撮って、構成を決めて、どうやって書けば読んでくれる人に伝わるか・・・

こういうことを考えるのも、もちろん大事ですが、これを考え過ぎて逆に最初の一歩を踏み出すのがとんでもなく億劫で面倒臭くなっているんですね。

 

これを続けてると、いつかいつかって後回しにし続けて、何もしないまま時間が過ぎる。

何もしなければ結果も出ないので、いつまでこんなことやってるんだろうな、なんて思っちゃったりする。

 

それならいっそのこと、完璧じゃなくても、準備ができてなくても、とりあえず動いちゃう身軽さ、いい意味での適当さというか、完璧主義を捨てることが必要だなと思ったんです。

適当すぎても考えものだけど、量は質を凌駕するみたいな話も聞いたことあるし、最初のうちはそれでいいのかもしれません。

 

完璧主義だと、微妙な結果しか出せない自分に怒りや残念さを感じたりするけど、そこで落ち込んでても仕方ない。

適当にでも動き出しながら、改善していけばいいんじゃないかって思っています。

 

こういうことを思うことって、他にもよくあるんですけどね。

絵を描くのが小さい頃は上手かったのに。それは上手下手なんか全く意識してなくて、ただ楽しくて書いてたからなんだろうとか。

いつからか大人になったら、「好き=上手」じゃないといけないかのような風潮があって、だからありのまま描いた絵を人に見せるのが恥ずかしくなったりして。

 

そういうのもハードルを下げて考えて、別に好きだからって必ずしも上手である必要はないことを思い出しながらやってみるとか。

自分なりのハードルの下げ方を考えてやってかないと、いつまでもやりたいことすらやれないまま、後悔したまま歳を重ねていきそうな気がします。

 

もっとハードルを下げて、完璧主義をやめてみてもいいんじゃないでしょうか、何でも。

2020年最後の月が始まりました。

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岩橋康太 aka タワー

岩橋康太 aka タワー

就職浪人からファッションブロガーに華麗なる転身を果たすも、Youtube、instagram等の新しいSNSの流れに乗り切れずジリ貧に。
2020年再起をかけて、代官山のセレクトショップ SAMVAスタッフ、ファッションブランド STOF営業見習い、ファッションブロガーの三足のわらじを履き直した25才。よろしくどうぞ。
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