”内輪ノリ”が苦手なら、無理してその輪に入らなくてもいい

ぼくは学生の頃から、内輪ノリだけで盛り上がっているコミュニティが嫌いです。

昔からなので、小さい頃は”これっていけないことなのかな?”と思っていたんです。

 

周りの皆が楽しそうな顔をしているのに、自分はあんまり楽しくない。

楽しいと思う瞬間もあるけれど、それは最初の2時間くらいで終わってしまいます。

その後はもう、ひたすら”俺がここにいる意味ってないよな?帰りたい”とだけ思っていて。

 

自分はとんでもない捻くれ者なのかと思っていたけれど、よく考えるとそうじゃない。

これは人が持つ特性に違いがあるだけなんだと感じました。

その人たちは少数派だから咎められてしまうだけ。

実際は何も悪くなくて、自分のどこを変える必要はありませんでした。

 

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”内輪ノリ”は最上級に自分勝手な行為

ぼくは大学生になりたての頃、軽音サークルに入りました。

せっかく大学生になったんだし、好きなことを楽しんでみようかな、みたいなノリで。

 

ところが一転、大学のサークルは半年も経たないくらいで辞めてしまいました。

”勉強に集中したいから”と言って辞めたけど本当の理由は違って、そこはぼくの居場所じゃないと感じたから。

 

そのサークルの活動に参加しているとき、いわゆる内輪ノリを感じていました。

外から見て、ちょっと話に入りづらいと思うコミュニティ。

”一緒にいるときに起こったこと”をメインに会話が進む。

オンオフを問わずいつでも繋がっていないと話題についていけないあの感じ。

 

極端な言い方をしてしまえば、自分たちだけ楽しければいいというある種の自分勝手さを少しある。

もちろん、話に入れないでいるぼくに共通の話題を振ってくれる優しい人も、たまにいたりするけれど。

 

大人数で集まることが根本的に得意じゃない

その状況に”強い内輪ノリを感じるな”と思った時点で、ぼくがその輪に入れていないことは言うまでもないけれど。

じゃあどうして入れていないのか?

 

理由は単純で、ぼく自身が大人数の集まりを苦手に思っているから。

ウェイウェイ騒ぐのが好きじゃないし、いつまでも薄くて微妙な関係性しか築けない。

広く浅くよりも、断トツで狭く深く派です。

学生の頃は卒業式の後にあるクラスの集まりにも、成人式の後で行われる大規模な飲み会にも行かなかったな。

 

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変えられない部分だし、変えなくていい部分だった

行き着くところ、ぼくは”根本的に大人数の集まりが苦手な性格をしている”ということでした。

人間、変えられる部分とそうじゃない部分を見極めて、変えられる部分を変える努力をひたすらするべきだと言いますよね。

 

ぼくの”大人数の集まりが苦手”な性格は、よく考えてみると変えられない部分だった。

これまで何度か試みたけれど、変えられないと確信しました。

加えて変える必要はないと思った。

 

大人数でウェイウェイする方が好きな性格の人もいれば、そうじゃない性格の人もいる。

これはもう生まれ持った性格の違いでしかないんだと。

 

それはそれで悪いことじゃないし、狭く深く築いた関係を大切にできる強みもある。

変えられない部分は受け入れて、自分が持っている武器を手に進んでいけばいいんだと思うと気持ちが楽になりました。

 

内輪ノリな盛り上がりが発するあの独特な雰囲気、苦手なら苦手なままでいいんじゃないかな。

そういう性格をしながらも毎日を楽しく生きている人が、現にここにもいる訳だから。

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

プロブロガーとして生きています。就活中、40社受けて内定がゼロだったことをきっかけに新卒で独立した23歳。コーディネートよりも作りを愛でるタイプの洋服オタクです。
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