お金と時間の自由はあるのに、常に感じる物足りなさの正体は何だろう?

最近ハマってる散歩。 写真はこの前降りた二子玉川駅にて。

書きながら考えてみたいこと。

ブロガーとして生計を立てているぼくは、新卒で会社勤めしている友達に比べて時間的に自由な生活ができている。

お金も生活に必要な分プラス、毎月いくらかを貯金できるだけの収入はある。

 

大人になったら働いてお金を稼がなきゃいけないと知ったときから夢に見ていた、不労所得な生活。

それを今は実現できている感じさえある。

 

なのに、どうしてなんだろう。

満たされているはずなのに、ぼくは今の生活が最高に幸せだとは思っていない。

楽しいっちゃ楽しいんだけど、常に何か物足りない感覚が胸に残っているんだよな。

これがすごくモヤモヤしていて、正体を知りたくて仕方ない。

 

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お金があるから時間に自由な生活ができている

ぼくが今もこうして大好きなブログをのんびり書けているのは、生活に必要なだけのお金があるからで。

だから働かなくていいし、その分だけ時間に自由な生活ができている。

ブログを書くにしてもそれは大好きなことだから苦ではなくて、むしろとっても楽しくて。

それで生計を立てられているんだから、ぼくは俗に言う”好きなことを仕事に”できている人なんだろう。

 

これってすごく幸せなことなんだよな。

時間があるから、一日中ぼーっとしてても、寝てても誰にも怒られないし困らない。

最近は一日の半分くらい寝てるんじゃないかな。

起きてる時間はほとんど、ハマりにハマっているデュエルマスターズカードの研究に費やして。

たまにご飯を食べる。なんだけど、それも忘れてて一日一食がデフォルトだ。

 

それはそれで楽しいんだけど、何か物足りない気がしていて。

 

この物足りなさは、目的意識のなさに起源する?

それじゃあ、ですよ。

ぼくが感じている物足りなさって、日頃の行いにおける目的意識のなさからきているのかな?

 

例えば会社勤めをしている友達。

一人暮らしをしている彼は、生活に必要なお金を稼ぐために働いている。

仕事が嫌いだとは常々言っているけど、辞めたら食っていけないから働いている。

これって彼は”生活のため”って目的があって仕事をしているから、日々の生活に物足りなさは感じていないのかなって。

 

それ以前に仕事が嫌だって言っているから、そんなことは考えていないのかもしれない。

ただ生きるための仕事だって言ってた。

仕事は嫌いだって言ってた。

 

ぼくは働いたことがないからその気持ちは分からないし、彼にもたぶんぼくの気持ちはわからない。

もしかして嫌でも仕事をしていると、こんなことを考える時間だってないのかな。

 

ぼくの人生に足りていないのは愛なのか?

深い、深いぞ。

そしてかれこれ3年くらい彼女のいないぼくがこんなことを語ったら、読んでいるあなたはもっと不快だろう。

 

でも、物足りなさは感じつつも、ぼくはこれ以上、自分に何かを求めている訳でもなくて。

富と名声が欲しい訳でもないし、超有名ブロガーになりたい訳でもない。

強いて言うなら歯の矯正をはやく始めたいくらいかな。

費用に120万円くらいかかるから、もう少しだけ月収を上げたいなとは思ってる。

 

自分を満たしてくれる大好きなことが、ブログを書くことだったり寝ることで。

ご飯もあまり食べないし、ぼくは生きるにしてもそこまでお金のかからない人間なんです。

もちろん洋服も大好きだけれど、最近は本当にお気に入りの服しか買わないから大きな出費ではなくて。

その分、一発は大きいんだけれど、頻度は低め。

 

となると、ぼく自身はもう十分に満たされているんですよ。

でもまだどこか物足りなさを感じるのは・・・ここを満たすのが愛?

 

言い方が気持ち悪いけれど、その対象は恋人でも他の誰かでもよくて。

持て余しているエネルギーを誰かのために使うこと。

そして相手の喜んだ顔を見て、自分も幸せを感じること。そういうことなのかな?

 

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ぼく自身の欲求はもう、とっくに満たされている?

これまでぼくにアドバイスを下さった、人生の先輩はみんな同じことを言っていた。

「月に100万くらい稼げるようになってから、自分はもういいから他人に投資したいと思うようになったよ」

 

ぼくはそこまでの収入がまだないけれど、その4分の1くらいの収入で既に満たされちゃったのかな。

ごく普通に生活していけるだけのお金と、時間の自由。

これだけあればぼくはもう、とっくに満たされているのかもしれません。

 

少し前に目標として月収を100万円にすることを掲げたのですが、真の理由は金額にはなくて。

その金額が自分を満たす最低ラインで、他人のためにと動くには避けて通れない道だと思っていたからで。

 

ブログの収入なんていつ下がるかわからないし、今の収入で不安はないかと聞かれれば嘘になります。

だから、それくらいは稼いでおかなきゃと思って。

今のぼくは誰かのために動けるほどできた人間じゃないので、もっと周りを見ながら生きたいと思って。

 

でも、月に100万円を稼がなくとも、ぼくは既に満たされているのかもしれません。

誰かのために動けるのかもしれません。

 

今のぼくに必要なのは、試すべきは誰かのために行動する無性の愛なのかもしれない。

見返りは考えず、困っている誰かのクラウドファンディングを支援してみるのもいいかもしれない。

 

お金と時間の自由があるぼくが、常に感じている物足りなさの正体。

それは誰かのために行動して、相手の喜んだ顔を見て自分も幸せを感じること。

なんだか、それっぽい気もしてきたな。

 

皆さんはこの正体、何だと思いますか?

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

プロブロガーとして生きています。就活中、40社受けて内定がゼロだったことをきっかけに新卒で独立した23歳。コーディネートよりも作りを愛でるタイプの洋服オタクです。
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