『リップヴァンウィンクルの花嫁』この23年間で、最も好きな映画の話

リップヴァンウィンクルの花嫁。この映画を知ったのは1年くらい前のこと。

当時よく行っていたコワーキングスペースがあって、そこにいる声の通るスタッフさんが話していた内容が聞こえてきた。

「リップヴァンウィンクルの花嫁がもうすぐ公開するらしくて、見に行きたいと思ってるんですよね」

 

リップヴァンウィンクル。そんなブランドの名前は聞いたことがあるけれど、洋服の話じゃなさそうだ。

気になって調べてみると、これまた名前だけは聞いたことのある岩井俊二監督の映画だそうで。

映画に詳しくないぼくでも名前を知っている監督だ。何より、ホームページを見たときに不思議な魅力を感じた。

理由はそれだけだった。公開して間もなく渋谷にある映画館まで見に行って。

そのときは正直、作品の言わんとしていることが理解できなかった。

それでも不思議な世界観と、他のどんな映画でも感じたことのない独特の雰囲気は、内容を抜きにしてもぼくを虜にした。

DVDのレンタルが始まれば近所のTSUTAYAで借りて再び見たり、つい最近は原作となっている同監督の小説を読んでみたり。

 

小説を読んでから、ストーリーの言わんとしていることを言語化できるまでに理解できるようになったのかもしれない。

考えてみてほしい。人はみんな、何を望むまでもなく幸せな状況に生きているということを。

 

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簡単なあらすじ

生きている限り、自分の身には様々なことが起こる。それを計画的に乗り越えていく人もいれば、奇想天外な形で経験する人もいる。

就職、恋愛、結婚、出産・・・大きなところで言えば、こういったイベントがその一例だろうか。

主人公の七海は世間一般的に見て”普通”な人生を歩むべく、これから身に起こるであろうそれらのイベントに期待と不安を抱く23歳の女性。

仕事は派遣社員ではあるものの、昔からの夢であった教師になれた。残る大きなイベントは恋愛そして結婚だ。

ある日、愛用しているSNSの出会い機能を使って知り合った同じく教師の男性との結婚。

彼と出会うまで恋愛経験のなかった七海も、これで世間一般的に見てごく普通の生き方をする波に乗れたように思えていた。

しかし彼女が結婚式に呼べる親族の数が彼の側と比べ極端に少ないことから、これまた”一般的に見て”見栄えの悪い式になることを恐れていた。

そんなときに知り合った何でも屋の安室に、「結婚式に親族役として代理出席してくれる人を集めてほしい」と依頼。

この出会いをきっかけに、七海の計画的な人生は奇想天外な方向へと転がっていくのだった。

 

七海と”普通”

世間一般的に見て普通であること。ただそれだけを望んで生きる20代前半の女性が主人公となっているこの映画。

幸せとは誰もが経験する人生の大イベントを乗り越えたその先にある。”普通で人並み”な生活はそんなところにあって、恋愛や結婚、出産を避けては通れない。

ぼくの目には、七海はそう信じて疑わない女性のように映った。

23歳にして恋愛経験が一度もないから、自分は”普通の人間としての幸せ”の波に乗り遅れていると感じ、焦っている。

こうして出会い系サイトを使い気持ち半ばで結婚する七海を見て、そもそも普通とは何なのか。

生きる上で世間の目を気にする意味は、必要性とは一体何なのか。そんなことを非常に考えさせられる。

インターネットが普及して、誰もがSNSで気軽に発信を行う時代になって、他人の生活を必要以上に覗けるようになってしまった現代社会。

仲間意識の高いぼくら日本人は、そうして他人と自分を比べては多数派こそが正義であり普通、そして幸せな生き方であると信じて疑わない。

けれど果たして、無理をしてまで追いつかなければなけない波なのか?そうしてまで乗った波の先に、自分は本当に同じような幸せを感じることができるのか?

周りの目ばかりを気にして生きているせいで、そうしなければ生きづらい世の中で、自分を大切にできなくなっていること。

自分にとっての幸せとは一体何なのか?

まず第一に、自身にそう問うべきであるのに、それを忘れてしまっている事実に気付かせてくれる。

 

奇想天外の果て

安室との出会いをきっかけに七海の人生は奇想天外な方向へ転がっていく。

奇想天外。この言葉は物語におけるキーワードのひとつ。

計画的に人生の大イベントを乗り越え、世間一般的に見て普通、大多数の意見により幸せとされている人生を歩むことがミッションだと思っていた七海に訪れた転機。

相手側の両親に仕組まれた別れさせ屋、離婚。他人の結婚式に代理出席するアルバイト。そこで出会った掛け替えのない友人と、その死。

頭の中にぼんやりと浮かべていた計画の上ではこんな人生を歩むはずじゃなかった。いわゆる普通とは遠い所に来てしまった。

それでも奇想天外な人生は時に七海の胸を弾ませ、本当に大切なことに気付かせてくれる。

自分にとっての幸せとは何なのか。果たして多数派がそうありたいと望む、普通の人生が自分にとっての幸せと一致するのか。

七海にとってその答えはノーであり、この物語に出会ったぼくたちもきっと、同じ答えを出すはずである。

 

誰かに必要とされている幸せ

世の中に生み出された作品には、それを通じて作者が伝えたいメッセージはあれど、どう受け取るか。何を感じるかは受け手次第になる。

学校の勉強みたく決まった答えがある訳では決してなく、それは受け手の数だけ存在するもの。

リップヴァンウィンクルの花嫁がぼくに与えてくれたメッセージ。

それは、人は誰かに必要とされている。その事実があるだけで、他に何を追い求めるまでもなく幸せなんだよ、というもの。

ぼくにとって、作品の中で特に印象的だったところ。それは七海が常にネット越しに一人の少女と、家庭教師と生徒という形で繋がり続けていたことだった。

教師にはなったものの、派遣社員としての収入だけでは生活が厳しい。そんな理由から以前よりずっとオンラインで家庭教師の仕事を続けていた七海。

結婚を機に辞めようとするも、彼女からは「七海先生じゃないと嫌だ」とのリクエストを受け、断りきれず続けていた。

ずっと心を閉ざし不登校を続けていた少女が、唯一心を開いた相手がパソコンの画面越しにいる七海だった。顔を合わせたことはもちろん一度もない。

家庭教師を続ける間にも結婚、離婚、アルバイトがきっかけで出会った友人との共同生活、そして彼女の死。完全に予定外の人生を歩んだ七海。

普通の生活、大多数が定義する幸せとは遠い所に来てしまったけれど、思えばそこにある幸せなんて、最初から求めていなかったのかもしれない。

そんなものを求めなくたって、自分のことを必要としてくれる人が1人でもいれば、それだけでもう幸せなのだ。他に何を求めるまでもない。

先に逝ってしまった友人も自分のことを掛け替えのない存在だと言ってくれた。

自分のことを必要としてくれている人が近くにいたということが、七海にとっての幸せだった。

 

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外側じゃなく内側の声に耳を傾けて

自分と他人を簡単に比較できてしまう現代社会において、自分にとっての生きる意味や幸せとは一体何なのか。考えては思い悩むこともあるはずで。

そんなときこそ一度周りの景色をシャットアウトして、自分の内側に問いかけてみるべきだ。

リップヴァンウィンクルの花嫁は、慌ただしい世の中を生きるぼくたちにそのことの大切さを教えてくれる。

周りの目を気にして恋愛や結婚する必要はない。本来ならぼくらは誰かに必要とされたいから恋愛をして、そして結婚を望むのではないか。

本当は心の奥底で誰かに必要とされたいと願っている。だからそれを叶えるために働くのではないか。

少なくともぼくがこうしてブログを書く理由のひとつは、誰かに必要とされていたいから。そこに存在意義を見出したいと願っているからだ。

どうしても他人のことが気になってしまう世の中だけれど、そんな慌ただしさの中に自分の幸せ基準を置いてけぼりにしないこと。

もっと自分のことを大切に、内側の声に耳を傾けてあげれば、現状で何を望むまでもなく幸せなんだということに気付けるから。

そんな大切なことを教えてくれる、終始独特で、それでも穏やかで優しい雰囲気を感じさせてくれる素敵な作品だ。

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

プロブロガーとして生きています。就活中、40社受けて内定がゼロだったことをきっかけに新卒で独立した23歳。コーディネートよりも作りを愛でるタイプの洋服オタクです。
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