空間を切り取って保存する音楽

小学校の高学年になった頃からぼくは、音楽を聞くことがとても好きでした。

中学生になれば皆がゲームに夢中になるけれど、ぼくはその話にはほとんど付いていけなかった。

周りの熱狂に興味を無くしてしまうほどには、音楽が持つ不思議な力に引き込まれていきました。

 

大勢がいる場でのぼくは大人しく、自分の意見を口にすることなんてほとんどない。というか、それだけ主張ができる強さなんてものは最初から持っていない。

その代わりと言っては何だけれど、本当に気心の許せる数少ない友達といるときのぼくは、自分で言ってしまうのも変だけれど本当にうるさい。

喋りたいことが次から次へと出てきて、その場ではほとんどぼくしか喋っていないんじゃないかってくらいには。

喋りたいことがたくさんありすぎて、次に喋りたいことの内容を忘れてしまうくらいには。

喋りながらよく「あれ、俺、今何て言おうとしたんだっけ?」とか、言ってしまう。

 

少人数でいても基本的に自分の何かを主張したり、友達に悩みを打ち明けたりすることはほとんどない。

人前で泣けるだけの強さは持っていないからだ。人前で弱みをさらけ出せるだけの強さは持っていない。

 

要するに人よりちょっと不安や悩みを抱えがちで、それでいて自分の中にある主張を外へ打ち出すこともできない性格。

人の目だったり反応だったり、相手の様子を気にしすぎる。嫌われるのが怖かったり、自分のことで人に迷惑をかけるのが申し訳ないと思う。

 

学生の頃からそんな性格だったぼくを救ってくれたのが音楽だった。

実は当時からブログをやっていたりもしたから、今こうしてブログで生計を立てているのも実はそこまで違和感を感じていなかったりする。

ネット弁慶とでも言うのでしょうか。人前で面と向かっては自分の意見を言えない性格なので、こうして画面に向かってだけ本当のことを書くことができる。

大学生の頃、このブログを頻繁に更新していた頃は承認欲求をブログに乗せて、SNSで記事を更新した旨を知らせていました。

それが大きくなりすぎて、エゴが過ぎて格好悪いと思うようになって、いつしかブログでさえ自分の本当の気持ちを書くことができなくなってしまいました。

だからこの記事は自らそうやって拡散することもなく、ただここに書き残しておくだけにする。どれだけの人が読んでくれるかもわからないし、もはや自己満足に近いもの。

 

・・・さすが、思うがままに文章を書いているとかなり脱線してしまいます。話を戻して、ぼくを救ってくれたのは音楽だという話。

今でも救い続けてくれているそれは、ぼくの人生において欠かせないもの。

メロディーの良さも、もちろん求める。演奏力も高い方がもちろん格好いい。でも最近はそれだけじゃ満足しなくって、ぼくが主に求めるのは歌詞への共感。

もしくは気持ちの代弁。それを聞いていたり、カラオケで歌ったりすると「ああ、同じことを考えている人ってぼく1人じゃなかったんだな」って思ったり。

「格好いいな。こんな風に生きていきたいものだ」って憧れを抱いたり、それを目標にしてやる気が湧き出てきたりする。

 

そう感じた記憶はぼくの中に強く残り続ける。その記憶がいつのものなのか、ふとした瞬間にスマホやYouTubeで曲を再生してみると鮮明に蘇る。

この曲はあのとき、あんな天気の日に、あの場所で何をしながら聞いていたのか。暑かったのか、寒かったのか、当時の気持ちはどんなだったか。

そういった記憶が瞬時に蘇ってきて懐かしい気持ちになる。同時に「あの頃は辛かったな」とか、しみじみと当時の自分を振り返ってみたりする。

 

ぼくにとって音楽は感情や記憶、空間を切り取って保存するもの。当時の記憶を思い出すための手がかりになるものです。

意図して聞くことはないけれど、ふと最近の曲を聞いているとき。例えばYouTubeなら関連動画が出てきて、そこに懐かしい曲が出て着たら再生してみたりして。

その瞬間に思い出すもの。それをヘビロテして聞いていた当時の記憶がふっと蘇ります。

何年前でも鮮明に。たくさん聞いていた曲ならもっと鮮明に。

 

この記事を書いている今日は1日中部屋にいたのですが、明らかに初夏の訪れを感じる気温が心地よくて。

5月とか、6月の少し肌寒い日を彷彿とさせる今日の気温。部屋にて半袖1枚で過ごしていて、気付いたら口ずさんでいたのがこの曲のイントロでした。

AYABIEの「流星」

高校生の頃、当時付き合っていた彼女を家まで送っていって(と言っても高校生の場合、電車に乗って家までついていくだけ)、その帰りに1人で駅へ向かいながら聞いていた記憶が蘇ってきました。

ちょうど空も暗くなってきた頃で、この曲を聞きながら踏切を渡って、星が見えないかと空を眺めていたその瞬間を思い出した。

音楽は思い出を、空間と共に切り取って保存するもの。当時の記憶が蘇って、とても懐かしい気持ちになりました。

 

基本的に暗い性格なのか、嬉しかった思い出ももちろんですが悲しい思い出を音楽と共に思い出すことの方が多くて。

特に多いのはちょうどこの1年間の記憶です。実家を出て一人暮らしをするようになってからは、特別濃い時間を過ごすことが増えてきました。

 

全部一人でやる。そこはさほど問題じゃありませんでした。

働きたいと思った企業の面接には全部落ちて、もうやりたいことがない。だからブログで生計を立てて生きるんだ。

そう決めてから今日に至るまでの1年間って短いようで、こうして振り返ると実は結構長かったんだな、と感じています。

 

やりたいことがある訳でもなく、でも働くとなれば選択肢はもう、やりたくないことしかない。

そんな状況だから、ブログで生計を立てていくんだ。

そう意気込んで始まったぼくの新しい生活も、やりたいことがない日々を生きるということは想像以上に辛く虚しいものでした。

 

好きな時間に寝て起きて、好きなことをして生きる。それって本当に幸せなことなんじゃないか、とか思いつつ、実はとっても虚しいことで。

自分の存在意義を自問自答する日々が続きました。最初の数ヶ月は楽しいと思っていたけれど、それは想像以上に空っぽな毎日。

 

俺は何のために生きているんだろう。やりたいことなんて、あるようで何もない。

紙に考えていること、悩んでいることを書き出しながら考えの堂々巡りを続けう毎日。

とりあえずはそうやって考えることで前に進んでいるように思えた。内容のない記事をこのブログにもたくさん書いた。

考えて考えて、自己啓発本も読んでみる。生計を立てている大事な方法なんだから、ブログだって書かなきゃいけないんだろう。そう思っていました。

そこまでを終えてもまだ夕方。もしくは夜。今日という一日はまだ終わらない。短いようで実は長い。

早く終わらせたくて、浴びるようにお酒を飲みました。そんな生活を毎日のように繰り返していました。

 

そんな当時の記憶は、BUMP OF CHICKENの「モーターサイクル」と共に蘇ってきます。

歌詞の内容が当時のぼくそのものだって思いながら聞いていた。こういう風に思うことは間違いじゃないのかな、とか思いながら。それが少しの救いでした。

 

今まで、どれだけ素敵な音楽を聞いても泣いたことのなかったぼく。自分のことを、とても薄情な奴だと思っていました。

それでも聞いて初めて泣いたのが、去年の8月だったかな。中島卓偉の「3号線」

 

小さい頃に両親が離婚して、出て行った母親が父親に内緒でこっそり自分たち兄弟に会いにきてくれる。そんな曲。

ぼくは両親共にいるけれど、心がズタズタにやられていた当時、ふとこの曲を聞いてボロボロ泣いたことを思い出しました。

とても暑い日だった。長い1日を終えるためにと前日に飲んだお酒が回って寝て、翌日朝に暑さで起きて、しばらくゴロゴロしながら聞いていた。

元々は中島卓偉の「高円寺」という曲を頻繁に聞いていて、やっぱり同じくYouTubeの関連動画に出てきてのことだった。

 

東京事変の「キラーチューン」とか、椎名林檎の「ありあまる富」とか、去年の夏はよく聞いた。

色々悩んでいたけれど、生きているだけでとりあえずオッケーかな、とか。毎日思っていました

 

東京事変といえば透明人間。

当時は本当にどうかしていて、今までほとんど「恋愛がしたい」とか、「彼女が欲しい」って、そんな気持ちが先行することはほとんどありませんでした。

恋愛ってそもそも好きな人ができて、そこで初めて付き合いたいだとか、彼女にしたいと思うものだって考えが揺るぎなかった。

 

今ではもはや笑い話だけれど、去年は告白して振られる経験を2回して。1回目はちょうど1年前。2回目は12月頃で、そっちに関してはもはや好きなのかもよくわからなかった。

心の支えが欲しくて恋愛に走ったんだと思います。今思えばなかなか自分勝手なことだ。

 

2回目に振られた人とよく遊んでいたとき。年上で、車を出してバンジージャンプに連れて行ってくれて。

そのときに車内で「透明人間」が流れていたこともよく覚えている。あの日の、本当に楽しかった記憶も蘇ります。

 

そんな風に、空間ごと切り取って思い出として鮮明に記憶に残してくれるのが音楽。その引き出しを開けるとき、手がかりになるのが思い出の曲。

ぼくはそんな風に音楽を楽しんで、愛しています。こういう楽しみ方もいいと思うんですよね。

The following two tabs change content below.
いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

プロブロガーとして生きています。就活中、40社受けて内定がゼロだったことをきっかけに新卒で独立した23歳。コーディネートよりも作りを愛でるタイプの洋服オタクです。
詳しいプロフィールはこちら
いわたのTwitterをフォローする
お問い合わせはこちら

もう1記事読んでいきませんか?

新ファッションブログ「いわたの偏愛コレクション」始動

ジーンズの色落ちやレザーの経年変化を溺愛する洋服オタクないわたが、買った服やコーディネートへの偏った愛を綴る新ファッションブログ。