もう1回、全部やり直したいと思った。新・いわたのプロフィール

当ブログ『いわタワー』を運営している、いわたの簡単な生い立ちとプロフィール。

記事を読んで少しでも、「どんな奴が書いてるんだろう?」と気になったら、読んで頂けると嬉しいです。

 

1994年9月20日生まれの23歳(2018年7月現在)

千葉県生まれ、千葉県育ちで、今は実家から少し離れた場所で一人暮らし。

実家を出る緊急性もなかったのですが、大学を卒業してからは気持ちの面でも独立した大人でありたいと思ったこともあって、そうしています。

 

どんな人柄なのかを知って頂くには、これまでの生い立ちを簡単に振り返ってみるのがいいのかなと思ったので、書いてみようと思います。

 

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目立つことが大好きだけど、同時に苦手でもあった小学生

小学生の頃の自分をざっくり振り返ってみると、目立つことが大好きだけど、同時にそれが苦手な子供だったように思います。

とはいえ勉強もできる方ではなく、運動神経もそんなになくて。小学生が目立てるきっかけを、何一つとして持っていない平凡な生徒です。

 

低学年の頃は仲のいい友達と毎日のように遊んでいましたが、高学年にもなると土日を使って習い事をする友達が増えてきました。

サッカー、剣道、水泳・・・。

何もしていなかったぼくは徐々に友達と遊べなくなることが寂しくて、友達がたくさんいる地元のサッカークラブに入りたいと両親にお願いして、サッカーを始めました。

 

最初は楽しかったサッカーも、徐々に自分の運動神経のなさが露呈してくると、面白くないと思うように。

試合に勝つための練習はつまらない。自分は試合に出られないし、何だか皆ピリピリしているし。

それより、勝敗にこだわるよりも皆で楽しみながらサッカーをする方がいい。上手い下手に限らず、ミスしたら怒鳴るとかじゃなく、ワクワクするやつを。

 

「自分で始めるって言ったんだから、最後までやり通しなさい」

お腹が痛いフリをして練習をサボることもありましたが、両親に言い聞かせられたそれに逆らうのは悪いことだと思い、小学校を卒業するまでの間、サッカーを続けていました。

 

人目を気にするようになって、それでも次第に浮き始めた中学生

「中学生になったら、たぶんサッカーはやらない」

小学校からずっと一緒に遊んでいて、一緒にサッカーをやってきた友達の一部は、サッカークラブを通じてサッカーを嫌いになってしまったようでした。

その頃にはぼくもサッカーに対して、好きな部分もあれば嫌いな部分もあると思っていました。でも比率で言えば3対7くらい。

楽しいときは本当に楽しいけど、それは3割。残りの7割は、仮病を使ってでも過ごしたくないくらいには嫌だった。

 

でも、中学生。この年頃から女の子の目も少し気になり始める頃です。

一緒にサッカーをやっていた、ずっと一緒に遊んでいた友達たちがテニス部に入るのを見ながら、それもいいなと思いながら、それでもサッカー部に入りました。

 

何でかって、サッカー部ってだけでモテそうだから。部内には学校でもイケてる目立つ奴らもいっぱいいて、そこに自分も一緒にいれば、目立つんじゃないか。そう思っていました。

ぼくの周りには、サッカーが上手くて顔もカッコいい奴らがたくさん。当然、モテる奴は取っ替え引っ替えに彼女を作っていました。

 

その中にいて、サッカー部ってだけで、ぼくもその恩恵を受けました。中学生の頃、初めて彼女ができて。別れてからもすぐに彼女ができて。また、別れてからも彼女ができて。

勉強もできなくて、運動神経もないのに彼女ができました。

 

ただ、そんな彼女が部活の練習試合を見ていたりすると、それはもう困った。

なぜならぼくは通称”2軍のエース”だったから。練習試合になんて出る訳がありません。

「試合に出てるとこ、見れなかった」なんて言われれば、「もう出番が終わった後だったんだよ」と返す。当然、出番はありませんでした。

 

そうやってサッカー部に在籍するも、学年が進むにつれ徐々に違和感を感じるようになります。

一緒に遊んでいた友達とも波長が合わなくなるように。というのも、ここはぼくがいる場所じゃない、と感じるようになったんです。

なんというか、こう、ぼくはそんなに派手な人間じゃないということに、徐々に気付くようになります。

 

段々と自分の自我を出すようになって、浮き始めます。

わかった、ぼくはサッカー部のレギュラーと一緒にいて馬が合うような、そんなイケイケな奴じゃない。

でも、それでもそれなりに目立ちたいな。

 

無意味に廊下を走ってみたり、トイレのドアを壊したりして、意味もなくとにかく目立とうとしました。

今思うと、完全に痛い奴です。中学校の同窓会があっても、絶対行かないし行けません。

 

色々と悟って気にしなくなった高校生

そんなぼくも高校生になると、もう周りの目とか、友達を作ろうと必死になるとか、イケてる奴と一緒にいようとか、そんな気持ちはどこかに行きました。

何かを悟ったように、欲という欲が消えていった高校生。それまで毎日のように喧嘩をしていた両親からも「丸くなった」と言われるようになった。

 

とりあえず勉強を頑張ろうと思って、めちゃくちゃだった中学校までの成績を取り戻すかのように勉強をするようになりました。

おかげで、初めて学年成績で1位を取れたときは本当に嬉しかったことを覚えています。

 

部活も、もうサッカー部はやめて、バスケ部に入部しました。サッカーの才能がないことは痛いほど知ったから、何か他のことを始めようと思ってのこと。

それに、バスケ部は先輩たちが3人しかいなかったから、同い年の部員が少なければすぐ試合に出れる。それを狙って。

 

ところが同級生の部員が予想外に多く、ぼくはそこでもあまり試合に出る機会はありませんでした。

唯一、辞める部員も多い中で怪我をしながらも部活に顔を出す真面目さを買われて副部長と務めることに。

 

人生に何度かモテ期がやってくるとは聞いていましたが、ぼくは間違いなく高校1年生の頃に1回目が来たと思っています。

高校1年生の春だけで何人かに告白されたり、バレンタインデーにチョコを貰ったり、廊下で連絡先を渡されたり。

それらを全部断って、2年生の頃、たった1人だけ好きな子ができました。同じクラスで、席が教室の両端だったから、喋る機会は一度もない。

ただ、授業中もなんだかよく目が合う。きっと気のせいだと思いながら、それから1年が経った後でようやく告白。

お互いにずっと気になっていたことが判明して、あれは気のせいじゃなかったんだ・・・と喜びました。

 

いよいよ大人になって、就職するのか。現実を目の当たりにした大学生

小学生の頃は、いい成績を取るために。中学生の頃は、いい高校に行くために。高校生の頃は、いい大学に行くために。

いい大学に行くのは、いい会社に就職するために。

 

そうやってずっと未来を見続けてきた果てにあった就職。それが、いよいよ現実のものになる瞬間がやってきました。

大学生の頃、自分は何がしたいのか?そんなことを考えてみるけれど、結局、直前に就職を控えたところで、それが分かるはずもない。

 

結局は皆、やりたいことっていうよりも、少しでも興味がありそうなことを糸口に、就職先を探していく。

働くのは、もう学生じゃいられないから。お金を稼ぐため、生きていくためなんだ。そうやって割り切っていく。

 

大学3年生の夏、直前に控えた就活と向き合いながら、ほとんど単位を取り尽くしたぼくは時間を持て余していました。

この時間をバイトに充てるのもいいけど、せっかく自由な時間があるんだから、何か楽しそうなことができないかな。

そう思って何気なくネットサーフィンをしていたとき、ひとつのブログに行き着きました。

 

ひとつ年上の大学生が運営しているブログ。何やら、ブログでお金を稼いでいるらしい。しかも、Twitterのフォロワーだって1,000人もいる。

すごい。何だか面白そう。ぼくもやってみたい。

 

そんな気持ちから、その方に連絡をしてお会いして頂くことに。そして、その1ヶ月後にぼくはこのブログを立ち上げます。

 

最初は、就活のネタになればいいなと思っていました。そう思って、受ける会社それぞれで「ブログをやっています」アピール。

「仕事をしながらブログも続けたいです」ブログを書くことが、アクセス数が増えていくことが、広告収入が入ることがすごく楽しかった。

もはやブログはぼくの趣味のひとつになっていました。それを続けたかった。

 

しかしそれはアピールどころか、裏目に出ることが多くて。

「君、いつか独立しようと思ってるんじゃないの?」

直接は言われなかったものの、そんな目で見られることも多かったです。そりゃそうだ、会社は従順な人材が欲しいんだから、独立なんてされたらたまったもんじゃない。

 

それでも相変わらず、やり方を変えないまま就活を続けるぼく。相変わらず落ち続ける。

いつからか、働きたいと思っていた会社には全部落ちてしまって、気付けば就職先を見つけるため、ただそれだけのために就活を続けていました。

 

ぼくは何をやっているんだろう。働きたくもない会社に頭を下げて、従順なフリをして、働かせて下さいって試験を受けてる。

何だかもう、バカバカしくなってしまいました。そんなに働きたい?受かってもどうせワクワクしないこの場所で、本当に働きたいのかな?

 

そう自分に問うてからは、内定があろうとなかろうと、就活は、スーツを着るのは6月末を最後にしようと決めました。

奇しくも6月30日に、最後に受けた会社の最終面接がありました。

これに受かればぼくは、その企業に就職する。落ちれば・・・もう就活は辞める。そうしたら、その後はブログで飯を食ってやる、意地でもな。

 

真夏の暑い日、行きつけのカフェで企業からのメールを開くと、そこには不採用の文字。

地獄に落ちたような気分になりながら、それと同時に腹を括りました。決めた。もう、お前らには頼らないぞ。自分の力で生きてやるから見てろ。

 

当時は月に5万円しかなかったブログの収入。大学を卒業するまでに伸ばして、12月には一人暮らしができるだけの収入を得れるようになったので、実家を出ました。

「就職しない」と決め、就活を辞めてからも両親は大反対。7月から毎日のように「就活を再開しろ」と言われ続け、本気で頭がおかしくなりそうでした。

 

「俺、一人暮らしするから。部屋は今日、決めてきた」

ブログで生きていくことが本気だと証明するため、頭がおかしくなりそうな環境から抜け出すための一人暮らしでした。

本当は大学を卒業するまで待とうとも思いましたが、もしそうしていたら、それまでこの世で辛抱できていたかはわかりません。

 

余談ですが、強行突破で一人暮らしを始めてからもうすぐ2年。今では両親も、かろうじて認めてくれているように思います。

ぼく自身、実家にはたまに帰るようにもなりました。

 

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自由を手に入れて、その後。今現在のぼくは

そんなこんなで大学を卒業後、晴れてブログの広告収入だけで生きていくようになったぼく。

当時はこのブログのアクセス数も今よりかなり多くて、学生の頃に記事を書きまくった甲斐を感じていました。

 

「毎日何もしなくても生きていけるとか、最高ー!」と思っていたのは、最初の1ヶ月くらい。

一人暮らしも落ち着いてくると、自分に問うようになります。

「自由な時間と生活を手に入れたのはいいけど、じゃあ、自分は一体何がしたいんだろう?」

 

学生の頃に夢見ていた、何もしなくてもいい生活。毎日、好きなことだけやって自由に生きられる生活。

それを手に入れると、先に待っているのは退屈でした。何をどうすればいいのかわからない、退屈な生活。

 

確かに暇なんだけど、何でもやっていいんだけど、いざそういう環境を手に入れてしまうと、案外何もやらなくなってしまいます。

TSUTAYAとスーパーに行くくらいで。時々、バスに乗って銭湯に行くくらいで。そんな生活を続けます。

 

それから1年くらいが経って、この記事を書いている今現在。正直、今もぼくは自分が何をどうしていきたいとか、そういうことが何もありません。

周りの格好いいブロガーの人たちみたいに、会社を辞めても自由に生きられる人たちを増やすための記事とか活動とか、そういうのもやってみようとした。

でも、そんな記事を書いてみたところで、ある日たまたま目にした誰かの記事で。

「会社で働いたこともない奴の文章には何の説得力もない」とぼくのことが書かれているのを見て、不覚にも同感でした。

 

何をどうしたいとか、正直、今のぼくにはありません。ただ漠然と、色々なことを考える中で、もう1回、全部をやり直したいなと思う部分がありました。

 

というのも人生をとか、そんなのじゃなくて、ブログのことで。

学生の頃のぼくは、ブログに”アクセス数を増やすこと”や”広告収入が増えていくこと”に楽しさを感じていました。

自分の書いた記事が数字を増やしていく感覚に楽しさを感じていました。

 

それもブログを始めてから3年が経った今、ぼくが楽しさだったり、やりがいを感じる部分は確実に変わって。

ぼく自身が洋服を好きなこともあり、このブログはファッションに関する記事を多く書いてきました。それらでアクセス数を増やしてきました。

おすすめの洋服を紹介する記事とか、おしゃれに見える洋服を紹介するとか。どうすれば多くの人に読んでもらえるのか?を基軸にブログを書いてきました。

 

でも、今のぼくがしたいことはそれじゃない。ただ多くの人に読んでもらうための記事を、その方法で広告収入を得たいとは思っていないんです。

「どうすれば多くの人に読んでもらえるか」を軸に置いた他人主義じゃなくて、自分が本当に好きなものについて書いていきたい。

自分主義で記事を書いて、あくまで自分が好きなことを書いて、その上で「どうすれば多くの人に読んでもらえるか」を考えるブログを書いていきたいと思ったんです。

 

今までのぼくが悪い訳じゃない。ただ、ブログの楽しさを見出すポイントが変わったんです。

これからは、本当に自分が書きたい記事だけを書いて、その上で「どうすれば多くの人に読んでもらえるか」を考えるブログ運営を。

ぼくは去年の夏にもう一つ、大好きな洋服に関して書くブログを立ち上げたのですが、それを作ったのはそのためです。

 

考え方が変わった今、それを基準にもう1回、またブログを書いていきたい。

こんな風になっちゃったからには、ぼくはもう、アクセス数やお金といった数字のためには記事を書けなくなっちゃいました。

もう1年以上、アクセス数やお金になる記事なんて書いていないから正直、ブログの広告収入はダダ下がりで、実は結構マズいのかもしれません。

でも、今感じているこのスタンスを貫き通して、アクセス数とか、好きでもない商品を勧めて稼ぐアフィリエイトとか、そういうものに頼らず、職業にしていく方法って、何かしらあるんじゃないかな。

そう思いながら、別でファッションブログを運営しています。

 

ぼくは自分のやりたいことには嘘をつけない性格なので、仮にお金を稼げなくなったとしても、好きなことだけをやっていたい。

元々はブログの収入だけで生きていたって、もしピンチになればバイトでもすればいいや。

 

って、仕事が嫌になって辞め、収入がない時期に1人で、英語も喋れないのにホテルを取らないまま、クレジットカードも作らないままアメリカ旅行に行って、手持ち金の大半をスラれて、

最終日には森で野宿しながら帰ってきて。まだ仕事を探さず収入がないのにクロムハーツのネックレスを買って、帰ってきて家賃も滞納するくらい一文無しになって、昼と夜にバイトを掛け持ちしていて、それでも「毎日楽しいわ」って言いながら生きてる友達を見て思いました。

 

たかがブログで稼げなくなったところで、死んだりしない。もうなんか、好きなことだけやって生きてよう。そう思いました。

今は特にやりたいことがある訳でもない。ただ、いつか何かしらに出会える。

「10年もあれば絶対人生変わってるから」そんな言葉を信じて、とりあえずは前を向いて生きています。

ブログでは悲観的なこともよく書きますが、これだけ収入が減っても心の底では「大丈夫」って思っている辺り、根っこはポジティブなんだと思っています。

 

新卒でひとり立ちして、まだまだやりたいことのないぼくが、そのとき感じていたことを書き留める場所に、このブログをしたいと思っています。

洋服大好きなぼくが書く、ファッション専門ブログもぜひ、覗いてみてください。

▶︎いわたの偏愛コレクション | 服はおしゃれじゃない。

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

就活でアピールできる特技として格好いいことを言うため、大学3年生の夏にブログを始める。結果、40社受けて内定がゼロだったため、やけくそで新卒ながら”プロブロガー”になった23歳。ブログの広告収入で生計を立て、自由な毎日を過ごすも、自分が本当にやりたいことは何なのかが分からずに彷徨っている。洋服が好きで、ファッション専門ブログも運営しています。 ▶︎いわたの偏愛コレクション
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