結局さ、「おしゃれ」の追求って「飽き」との闘いでしかないよね

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最近、洋服をめちゃくちゃ買うんですよね。

季節の変わり目だからっていうことも、

今年の春はいい意味で「自分らしくない」ファッションがしたいって思ってることも、理由としてはあるんだろうけど。

 

・・・それにしても異常に洋服を買うんですよね。

で、考えてみたんです。「え?なんでぼくは最近こんなに洋服を買ってるんだろう?」って。

 

そしたら、恐らくこれが本質だな・・・って思えるような答えが出たんです。

結局のところ、おしゃれの追求って自分が抱く「飽き」との闘いでしかないんだって。

 

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振り返れば、去年はそこまで洋服を買っていなかった

にしても2月は異常なまでに洋服を買いました。

異様に高い金額の洋服は1着も買っていないし、そのほとんどが1万円以下なんだけど。

 

それでも10着。

1ヶ月で10着って、ここ最近のぼくにしてはかなり多い方なんですよね。

 

もちろん、「何で今月はこんなに洋服を買ったんだろう?」って考え直してみました。

そこで出てきた答えは至極シンプルで、ズバリ去年はあまり洋服を買っていなかったから。

 

振り返れば去年はぼくにとって変動の年でした。

今まで趣味が洋服を買うことしかなかったぼくが、ブログを書くことに熱中し始めた年だったから。

 

そう、このブログです。

正確にいうと開設したのは一昨年の9月だったんだけど、本格的に熱中し始めたのは去年の年明けくらいから。

 

ぼくはブログを始めるまでノートパソコンを持っていなくて、それ以前に「え?そもそもWi-Fiって何?」って感じで。

パソコンを買うときも詳しい友だちに付き合ってもらい秋葉原のソフマップに行って、安くてスペックのいいパソコンを選んでもらって。

 

今使ってるパソコンは5万円。

これってある程度のスペックを持つノートパソコンにしては格安なんだけど、当時のぼくは「ええ・・・iroquoisのシャツ2着も買えるじゃん」

なんてもったいぶっていて。

 

話は脱線したけど、そんなこんなでパソコンを手に入れてから、ぼくには洋服以外にもブログという趣味ができました。

あんまり複数のことを同時進行できないタイプだから、ブログにハマった去年は服屋へ足を運ぶ回数も減ってたのかな。

 

去年、洋服を買わなかったツケが「飽き」として回ってきた

で、ぼくが今年に入って異様なペースで洋服を買っている原因はどう考えてもこれでしかなかったんですよ。

 

去年、あんまり洋服を買わなかったから。

そのツケが「飽き」として回ってきたんですね。

 

去年はブログにハマったせいであんまり洋服を買わなかったから、増えることのない洋服を使い回してコーデを組む日が続いた。

 

そんな代わり映えしない自分の服装に、ぼくは1年越しで飽きを感じ始めたんでしょうね。

最近はフラッと無目的に古着屋に行っただけでも、必ず何かしら洋服を買っちゃうよ。

もちろん楽しいから、悪いことだとは全く思ってないんだけどね。

 

おしゃれの追求はもはや、飽きとの闘いでしかない

ぼくにとっての「おしゃれ」って完全に自己満足。

女性にモテたいなんて一切・・・は言いすぎだけど、ほとんど思ってないし。

かと言って同性から「おしゃれだね!!」って言われすぎるのも何だか気持ち悪いし。

 

ぼくにとってのおしゃれって、ぼくにとっての感覚でしかなくて、それが全てなんですよ。

ぼくがおしゃれだと思った服装がおしゃれ。

そんな格好をぼくが楽しめればそれでいい。

最近ハマってる「おしゃれは自己満足」ってフレーズも、こんな考えから思いついたんですよ。

 

でも、人の考えって常に変わっていくもので。

少し前までおしゃれだと思っていたものを突然「そうでもないな」って思い始めたりするし、はたまたその逆もある。

 

人は常に変化しているからこそ、これは避けられない事態です。

だから、半年前に「このシャツおしゃれだな」って思って買ったところで、半年経つと「あんまり好きじゃないな」なんて思ったりする。

 

この正体は何だろう?って思ったんだけど、結局これって憧れの対象が変わるにつれて起きる「飽き」でしかないんですよ。

 

人の考えは生きていれば、情報をインプットすれば勝手に変化するものです。

この感覚を避けて通ることはできない。

だからぼくにとっての「おしゃれ」って終わりがないものだし、それの追求は「飽き」との闘いでしかありません。

 

ぼくらは洋服が好きな以上、裸では街を歩けない以上、死ぬまで手持ち服に感じる「飽き」には勝てないんですよね。

正直、「一生モノだ!」なんて言いながら買った10万円のチェスターコートも、買って2年でもうあんまり着てないし。

 

ぼくがファッションの系統を全身真っ黒なカラス族から今のゆるくてカジュアルな雰囲気に変えたのも、真っ黒に飽きたから。

理由はたったそれだけです。

 

最近流行りの「ミニマリスト」って、洋服を10着しか持ってなかったりするそうです。

こういった人たちはもはや「飽き」との闘いに勝ち抜いた神の境地にいます。

 

洋服を「おしゃれするためのモノ」ではなく、「生活に最低限必要なモノ」として考えている。

そりゃ、洋服って裸を隠せるだけあれば困らないもんね。

必要最低限、かつ清潔感を保てるだけの枚数があれば困りません。

 

それでもぼくが知っているミニマリストは10着しか服を持ってないのに、いつもおしゃれ。

なんなんだそれ・・・。

 

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洋服はお金の掛かる趣味だけど、ぼくにとっての宝物

長くなったのでまとめましょう。

洋服は裸を隠せるだけ、かつ清潔感を保てるだけの枚数があればそれ以上は必要ない。

 

それ以上の洋服を買ってしまう服オタクなぼくらは、もはや娯楽を楽しんでいる以外の何物でもありません。

それぞれの抱く「おしゃれ」に終わりはないし、その追求も「飽き」との闘いでしかない。

 

そう考えるとファッションって本当に無駄で、お金の掛かる趣味ですね。

これって洋服に興味のない人から見れば、間違いなく浪費以外の何物でもありませんからね。

 

でもぼくは洋服が好きで、月に10着以上も買ってしまう。

何でなんだろう?

 

これもハッキリとした答えなんて今は出てないけど、現時点で言うとしたら。

ぼくにとって好きな洋服を着ているときこそが至福の時間で、幸せな時間を味わっていられるからかな。

 

何の変哲もない日常も、お気に入りの洋服を着ているだけでキラキラしてきます。

お気に入りの洋服がぼくの気分を上げてくれる。

その服を着た1日を無条件に、いい日にしてくれるからかな。

 

自己表現が下手クソなぼくの内面を、視覚的に相手に伝える助けだってしてくれてます。

ぼくって人と話すときも、ブログに綴った文章も、まだまだ自分の本質的な部分を表せていない気がします。

 

それ以前に、本当の自分ってどんな人なんだろう?ってことを、自分でも全然わかっていません。

過去には付き合っていた人にも「多重人格者」って言われたことがあるし。

ぼくとしても、ぼくの中にぼくが何人かいる自覚はあるけれど、どれが本当のぼくなんだろう?

本当にわからない。

 

それでも、洋服を選ぶときだけは、

コーディネートを組んでいるときだけは、そこに本当のぼくが表れている気がします。

 

ぼくの気持ちや考えを直感的に、視覚的に表現してくれるツールが洋服。

だからぼくはシルエットやデザインの好みもかなり直感で選ぶから・・・これを言語化するって死んでも無理だと思ってます。

 

ここまでくると、ファッションって教えるものじゃない。

本質的にはファッションって誰かに教わるものじゃないと思うんですよ。

 

それぞれが、それぞれのアイデンティティーを大切にしながらコーディネートを楽しめばいい。

そこに「女性にモテたい」って理由があるなら・・・ファッションはまた違ったツールになってくるけどね。

 

もう、ファッションって、おしゃれって、本当にお金の掛かる趣味だよね。

それでもあんな理由で辞められないから、ぼくはいつまで経っても洋服だけは死ぬほど大好きなんだけどね。

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

プロブロガーとして生きています。就活中、40社受けて内定がゼロだったことをきっかけに新卒で独立した23歳。コーディネートよりも作りを愛でるタイプの洋服オタクです。
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