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いわタワー

”おしゃれは自己満足”をモットーに、コーディネートよりも洋服そのものにフォーカスした情報をお届けするファッションブログ。

読書は思考停止への第一歩?本を読む意味や得られるメリットを改めて考えた

読んだ本

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ぼくの部屋には、30冊ほどの積読があります。

(※積読=買っただけで読んでいない本のこと)

 

尊敬する人がおすすめする本をすぐに買ってしまうのでこうなるんですが・・・さすがに30冊はまずい。

そう思って最近は1日1冊、本を読むことにしています。

もちろん読むだけじゃ意味がないので、その内容についてしっかり考えつつ、インプットを心掛けて。

 

そうやって淡々と読書をしていると、あるときふと疑問が浮かびました。

あれ・・・?そもそも、ぼくはどうしてこんなに本を読んでいるんだろう

 

本を読む意味やメリットって何だろう

そんな疑問が浮かぶ前のぼくは、積み重ねた本を読む意味やメリットは以下のようなものだと考えていました。

・結果を残している人の考えを知って、自分の人生に応用するため

・自分の頭で物事を考えても答えが出なかったとき、ヒントを貰うため

・多くの本を読んで、様々な生き方を知った上で自分の信条を明確にするため

前提として、ぼくが読むのはビジネス書がほとんどです。

これらには技術書とは違って、確立した事実ではなく著者それぞれの意見や主張が書き綴られている。

 

起業して会社を大きくしたり、社会的な影響力があったり・・・

こうした権威を持つ成功者たちの意見や考えに触れるつもりで本を読んでいました。

 

しかし、ふと思ってしまったんですよね。

どれだけビジネス書を読んだところで、人の生き方や考え方に確固とした正解なんてどこにもないよな・・・と。

 

技術書や教科書にはれっきとした揺るがない事実が書かれていますが、ビジネス書はそうじゃない。

誰が「全ての物事はこう考えれば上手くいく」と主張したところで、それが読者全員にとっての正解とは限りません。

結局、これだけ本を読んだところで、ぼくに何のメリットがあるんだろう?

 

ショーペンバウアー「読書について」を読んでみた

この話を友だちにすると、こんな本を勧めてくれたんです。

ドイツの哲学者、ショーペンバウアー著の「読書について」という1冊。

 

「本を読む意味やメリットって何なんだろう?」

こんなことを考えている今のぼくにぴったりのタイトルをした本でした。

 

そんな「読書について」を読んだ感想と、それを踏まえてぼくが改めて感じた、本を読む意味について書きます。

 

「読書について」は本の”在り方”を説いた1冊

少しだけこの本に関する感想を書くと・・・途中まで読み進めたところで少し違和感を感じました。

というのも、ぼくがこの本を買ったのはタイトル「読書について」に惹かれ、

そこに本を読む意味を考えるヒントを掴めればと思い買ったからかもしれません。

 

ショーペンバウアーはこの本の原作を発表した1851年の時点で

「新しい本に意味はない」と、読書することの無意味さを刺々しく主張しています。

 

しかしながら「読書について」に書かれている大半の内容は、

ぼくのように「読書をする意味はどこにあるんだろう?」と考える人にとっては少し期待外れかもしれません。

なぜなら、この本では読書することの意味や得られるメリットではなく、全体として”本の在り方”を説いているからです。

 

ショーペンバウアーは「最近の本は言葉遣いがおかしい」

「この表現を使った本を読む価値はない」など・・・どうも当時発売される新しい本に不満を抱いていた様子。

 

この本でも、そういった本におけるおかしな言葉遣いの指摘が全体の3~4割を割いてまで書かれています。

Amazonでも評判の高い1冊ではありますが、個人的にタイトルは若干ミスマッチだったんじゃ・・・と感じました。

 

しかし、全体の2割程度にぼくが考えるような「本を読む意味」について説かれていたのも事実。

その部分の一部引用をしながら、ぼくの考えも織り交ぜた「本を読む意味」を明かしていきたいと思います。

 

情報が多すぎる時代だから、読む本を選ぶにも難しい

「読書について」の中で、ショーペンバウアーは世に存在する多くの本に対してこう述べています。

書くべきテーマがあるから書く人だけが、 書くに値することを書く。

文学のあらゆる分野で、ごく少数の傑出した本だけがあったなら、いかなるお金にも代えがたいほど、ためになることだろう。

 

しかし書くことで報酬が入るとなると、自体はちがってくる。

まるでお金に呪いがかけられているかのようだ。

どんな作家でも、かせぐために書きはじめたとたん、質が下がる。

偉大なる人々の最高傑作はいずれも、無報酬か、ごくわずかな報酬で書かねばならなかった時代の作品だ。

 遥か昔、本は先人の知識を後世に伝え残していくためのツールでした。

それが今となっては、本を書くことが仕事になり、売れればお金が入る仕組みが完全に出来上がった。

 

それゆえ、本が持つ目的の「人々に有益な知識を伝えること」は二の次にされ、お金のために本を書く人が増える。

ショーペンバウアーいわく、こういった「お金稼ぎのためだけに」書かれた本に読む価値はないとのこと。

 

これを1800年代の時点で説いていたのだから、現代となっては尚更ですよね。

当時よりも圧倒的に本の冊数も情報も増えているので、誰もが本を書いてお金を手にする仕組みが完成した。

どんな本なら有益な知識を伝えてくれるのか。

お金稼ぎのためだけに書かれていない本を読むための審美眼が必要になります。

 

これはネットで評判の高い本や、尊敬する人がおすすめしてくれた本に限って読むなどして対策を打つしかなさそうです。

そうしないと、ぼくらの有限な時間を内容の薄っぺらい本を読むために捧げることになってしまいますからね。

 

本を読むことは思考停止への第一歩?

そしてここからが、本を読むことの意味やメリットを考えるにあたって重要な部分。

本を読むことに関して、ショーペンバウアーはこう述べています。

読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。

他人の心の運びをなぞっているだけだ。

それは生徒が習字のときに、先生が鉛筆で書いてくれたお手本を、あとからペンでなぞるようなものだ。

したがって読書していると、ものを考える活動は大部分、棚上げされる。

自分の頭で考える営みをはなれて、読書にうつると、ほっとするのはそのためだ。

本を読むことを、それはもう思いっきり無意味だと批判しています。

無意味どころか、読書していると自分の頭で物事を考えないので思考停止しかねないとまで主張しているんですよね。

 

果たしてこれは本当にそうなのか。

ぼくがこれに対して自分の意見を述べるならば・・・そうは思いません。

 

確かにぼくも自分の頭で物事をある程度考えて答えが出なかったときに読書をすると、少しほっとする部分はあります。

これに関してはぼくもショーペンバウアーの意見に賛成。

このときぼくが本を読むのは単純に、自分の頭で物事を考えることに疲れてしまったからなんです。

 

徹底的に頭を使って考え込めば自分なりの、それなりの答えは見出せるはず。

ぼくはそれに疲れたとき本に答えを求めるので、これに関しては確かにそうでしょう。

 

・・・が、それでもぼくが納得できないのはその前の部分。

要約すれば「読書は思考停止への第一歩」とでも言えるでしょう。

この部分にぼくは強い違和感を感じました。

 

本は、物事の答えを導き出すためのお助けツール

「読書について」を読んで抱えたそんな違和感を払拭する、ぼくなりの「本を読む意味」がこれ。

本は、物事の答えを導き出すためのお助けツールになるということです。

 

ショーペンバウアーの主張する「読書は思考停止への第一歩」という考え。

これは、本を読んで内容を鵜呑みにする人に対してはそう言えるでしょう。

 

この主張に違和感を感じたのは、ぼくは本を読んでいるときほど頭を使っている感覚があるからです。

疑い深い性格もあってか、ぼくは誰が言ったことに対してもそれを直ちに鵜呑みにするようなことはあまりしません。

これは「この主張は本当にその通りなのかな?」と常識を疑うクセを、普段から付けていることがきっかけです。

 

例えホリエモンが「こうすれば〇〇は上手くいく」と主張したところで、果たしてそれは本当にそうなのか?

「確かに一例としては挙げられるけど、それが全員に当てはまることはないよな」

なんて疑ってかかります。ただの大学生なのにとっても偉そうに。

 

それでも、思考停止しないよう心掛けるには、本の内容を疑うクセってかなり必要になってきます。

なんせ本の内容を鵜呑みにしてしまう人って、それを読んだだけで「この物事はこんな仕組みで成り立っているんだ」

と、物事の答えに辿り着くまでに必要な思考の過程をすっ飛ばしてしまうんです。

 

本を読むタイミングって、自分で物事について考え抜いても答えが出なかったときがベスト。

物事の答えを導き出すためのお助けツールとして、先人の知識を使うべき。

こうやって捉えて、本を読みながら思考していれば「読書は思考停止への第一歩」には絶対になりません。

 

ただ内容を鵜呑みするんじゃ、本を読む意味なんてない

本を読む意味やメリットについて、ぼくが「読書について」という1冊を読んで出した答えはこれ。

・本を読んで内容を鵜呑みにする人は思考停止している証拠

・その本がお金儲けのためだけに書かれてたのかを見極める力は必要

・本は物事の答えを自分で考えて導き出すためのお助けツール

ネットにも言えることですが、今は誰でも情報を発信できるようになり、価値ある情報とそうでないものが乱立しています。

それゆえどの情報が信頼できて、信頼できないのかを見極める審美眼も必要で欠かせないスキルのひとつ。

信頼できる人のおすすめ本や、評判の高い本だけを読むのが楽なので、それでもいいでしょう。

 

ショーペンバウアーが伝えたかったのは、本の内容を鵜呑みにするだけの読書には何の意味もないということ。

本って、常に内容に疑問を持ちながら、思考しながら読み進めていくべきです。

 

「読書について」では読書の無意味さを派手に述べていましたが、それを読んだあとでもぼくは本を読み続けます。

なんせ、物事を自分の頭で考える力こそ、内容に疑問を持ちながら本を読み進めることで鍛えられますからね。