映画「君の膵臓をたべたい」は、人は一人じゃ生きられないことを教えてくれる

昨日、映画『君の膵臓をたべたい』を見てきました。

小説を読んで感動したという友達が誘ってくれたことがきっかけで。

 

ぼくも小説は持っていたのですが、その時点ではまだ読んでいませんでした。

なのでせめてもと、上映開始の時間まで読むことに。

残り100ページを残すという中途半端な形になりましたが、その後で映画を見てきました。

 

この映画は、多くの人に見てほしい。

触れたあとで必ず、人は一人じゃ生きていけないんだと再認識するはずです。

 

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『君の膵臓をたべたい』のあらすじ

作品の簡単なあらすじはWikipediaから引用します。

「君の膵臓をたべたい」…主人公である「僕」が病院で偶然拾った1冊の「共病文庫」というタイトルの文庫本。

それは「僕」のクラスメイトである山内桜良 (やまうち さくら) が綴っていた、秘密の日記帳であり、彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。

「僕」はその本の中身を興味本位で覗いたことにより、身内以外で唯一桜良の病気を知る人物となる。

「山内桜良の死ぬ前にやりたいこと」に付き合うことにより、「僕」、桜良という正反対の性格の2人が、互いに自分の欠けている部分を持っているそれぞれに憧れを持ち、次第に心を通わせていきながら成長していく。そして「僕」は「人を認める人間に、人を愛する人間になること」を決意。桜良は恋人や友人を必要としない僕が初めて関わり合いを持ちたい人に選んでくれたことにより「初めて私自身として必要されている、初めて私が、たった一人の私であると思えた」と感じていく。

引用:君の膵臓をたべたい – Wikipedia

 

人はみんな、無い物ねだりで生きている

『君の膵臓をたべたい』を見てぼくが最も強く頭に浮かべた、作品全体を通しての感想。

それは、人はみんな無い物ねだりをしながら生きているんだな、ということでした。

 

あらすじにもあるように、咲良の共病日記を覗いたことをきっかけに接点を持った、真逆の人間性を持った主人公の2人。

咲良は病気を学校の友達はおろか、家族意外には死ぬまで隠すことにしていました。

共病日記を通じて咲良の病気を知ってしまった「僕」を除いて。

 

物語は内気で友達の少ない「僕」が、咲良の明るく誰からも愛されるキャラクターに憧れを抱いているかのような描写で進んでいきます。

しかし後になって共病日記を通じ咲良の心情を覗くと、咲良もまた「僕」の生き方に憧れていました。

「僕」の、常に1人でも自分らしさを貫き続ける姿勢に。

 

自分の個性にもっと誇りを持って生きればいいんだ

人は誰だって自分にしかない素敵な個性を持っているのに、それが当たり前にありすぎてその素晴らしさに気付けない。

ぼく自身も芸能人や憧れの人を見ていると「あんな個性が自分にもあればいいのにな」と羨むことがあります。

 

でもこの映画を見てからは、それもバカバカしいことだったのかもしれないと思うようになって。

輝いて見える人は自分の個性をよく知っているから、それを磨いて光らせて武器にしながら生きているだけ。

自分らしさを一貫して貫いている人のことが、自分のそれに気づいてない人にとっては羨ましく見えるのかもしれません。

 

憧れた人の真似をしてみると、ある程度まで進んだところで全く同じ人間にはなれないことに気がつきます。

ぼくにもそんな経験がありました。

憧れのミュージシャンと同じお店で洋服を買って、喋り方まで真似してみても最後には違和感を感じたことが。

いくら憧れの対象を真似したところで、その人を超えていくことは絶対にできないんだって。

 

誰だって、持ってないものは持ってない。

だから自分が持っている個性をちゃんと自分で見つけて理解して、それにもっと誇りを持って生きていいんじゃないでしょうか。

 

自分が持てる個性を見つけたら、それを他人と比較することなんてしなくていい。

誇りを持って、磨いて自分にしかない長所にしながら生きていけばいいんだ。

 

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自分にない部分を、人と補完し合いながら生きていく

そうして自分はどんな個性を持っているのかを知ったとき。

同時に自分には何が欠けているのかにも気付きます。

 

そんな欠けている部分を、それぞれ自分にない個性を持っている人たちと補完し合いながら生きていく。

「人は一人じゃ生きていけない」と言いますが、本質はそんな相互補完関係にあるんだろうな。

そう、この映画を見て感じました。

 

自分で「自分には何もない」と思っている人だって、絶対に誰かから必要とされている。

だから恥じることなく、もっと自分という人間の個性に誇りを持って生きていくべきなんだって。

 

そうして自分のことを表現し続けて、足りない部分を表に出していく。

きっとそこを埋めてくれる人たちと補完し合いながら、人は生きていくのでしょう。

 

この映画を見てからはもっと近くにいる人のことを大切にしたり、その人間性を理解したいなと思うようになりました。

そんなことを、余命わずかと知ったことで当たり前の日常を大切に生きる咲良の姿勢から教えてもらえる作品です。

小説からでも、映画からでも、ぜひ触れてみてください。

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いわた (岩橋康太)

いわた (岩橋康太)

大学を卒業後、就職せずにブログの収入で生計を立てている22歳。「ブログを始めよう」と決意するも、パソコンを持っていない状況からスタートして今に至ります。三度の飯より服が好きなファッションブロガー。最近はデュエルマスターズにドハマり中。
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