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いわタワー

服マニア学生ブロガーが洋服に関するあれこれを独特の切り口から記事にしてお届けするファッション系ブログ

他人を「意識高い系」と笑う人ほど優秀な人に嫉妬して生きている

ぼくの考え
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こんにちは、ネットで真面目系クズ診断をやったらほとんど当てはまったいわたです。

少し前までは”真面目系クズ”なんて言葉が流行っていましたが、最近はあまり聞かなくなりましたよね。

その代わりよく目にするようになったのが”意識高い系”という言葉。

なるほど、”意識高い系”って一体何なんだろう。

 

そもそも”意識高い系”ってどんな人を指すの?

“意識高い系”とは、元々はネットスラングで、インターネットで自分の経歴や人脈を過剰演出し、パッと見はスゴい人のように思えるのですが、実際の経歴や活動は大したことない人々のことを差します。

 引用:http://news.nicovideo.jp/watch/nw654611?marquee

上記の文章が最も簡潔で分かりやすかったので引用しました。

要するに”口だけで行動が伴っていない人”のことを指しているようですね。

 

実際は多様な意味で使われている

”意識高い系”とは口だけの人のことを指していることは分かりました。

けれど日常的に使われている”意識高い系”という言葉にはそういった意味だけでなく、もっと多様な意味が含まれているようにも思えます。

 

僕はFラン大学の”意識高い系”代表

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僕が通う大学はいわゆる”Fラン大学”です。

”Fラン大学”という言葉を聞いただけで差別をしないで欲しいのですが、その中でも当然真面目な人は真面目で、不真面目な人は不真面目です。

自分で言うのも変ですが、僕は真面目に大学へ通っていて、これまで授業を休んだことも、単位を落としたこともありません。

3月から就職活動が本格化しましたが、それ以前に面接の練習をして場数を踏んでおきたかったので、希望する分野以外の企業にエントリーして選考を受けたりもしました。

僕は人に自慢をすることはあまり好きではないので、こういったことを自分から人に話したりするタイプではありません。

ごく普通に、自分のためだと思ってやってきました。

それでも僕は周りの友達から言われてきました。「意識高いよね」と。

 

Fラン大学における”意識高い系”学生は他大学に通用しない

そんな風に周りから「意識高いよね」と言われ続けた僕は、”意識の高さ”という武器とそれによる自信を持って就職活動において他大学の学生との戦いに出ます。

しかしどんなに周りから「意識高いよね」と言われ続けた僕のその意識でも、他大学における意識の高い学生と戦うとなればまるで歯が立ちません。

なぜならこれまでの経験や行動のレベルが全く違うからです。

僕は自分の通う大学において、真面目に授業に出席して単位を取れていれば”意識が高い”と称された。

けれどそれは世間でいう最低ランクに属するFラン大学生の間での”意識が高い”という称号であり、それ以上の大学ではそんなことは当たり前。

そんな当たり前のことは楽々こなした上で更に”1年生の頃からベンチャー企業でインターンをしていた”とか”TOEICの点数が900点”といった更に”意識の高い”武器があるんですよね。

これまで”下の上”としてやってきた僕は、就職活動というフィールドで戦う際には”下の下”に位置しているんです。

 

Fラン大学生から見ればみんな”意識高い系”

要は何が言いたいのかというと、Fラン大学生の僕が持つ判断基準ではみんながみんな”意識高い系”に属してしまうって話です。

「早稲田大学に通ってます」→意識高い

「東京大学に通ってます」→意識飛ぶ

ってレベルです。

最低レベルのFラン大学に通う僕の立場からすればそれだけで意識が高いんですよね。

つまり、”意識高い系”なんて言葉はもはやどうだっていい。

 

”意識高い系”という言葉は嫉妬から生まれた

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僕は”意識高い系”という言葉が嫌いだし、他人に言ったりすることはありません。

しかし一番最初の”意識高い系の定義”では簡単に”口だけで行動しない人”のことを指すとまとめてありましたが、実際にはそれ以外の意味も含んで使われていることがほとんどです。

僕みたく行動が伴っている人ですら周りには”意識高い系”と呼ばれてしまうんですから。

これらをまとめると”意識高い系”という言葉はそれを言う人たちの嫉妬から生まれたのではないでしょうか。

自分にはそれができないから、他人のことを”意識高い系”と皮肉って嫉妬する。

他人のことを”意識高い系”と言ってしまう人が一番悲しいのかもしれません。

 

まとめ

周りから”意識高い系”と呼ばれる人たちは他人にその様子を見せつけるために行動しているんじゃなくて、全て自分のために行っています。

それを”意識高い系”と呼んでしまうんだから、そう捉えてしまう時点でその人の心のどこかに嫉妬が隠れているはずです。

周りばかり気にして、頑張っている人のことを指さして”意識高い系”と笑うのではなく、まずは自分も頑張ってみればそんなことは気にならなくなるんじゃないでしょうか。

他人のことを”意識高い系”と笑いたくなるのは、自分の人生を一所懸命に生きていないことの証拠です。